2007年03月10日

当用漢字とハングル

ある方が長嶋茂雄さんにサインを書いてもらったときに
「草冠を離してかかれておられるので、ああ、長嶋さんは戦後世代とはいえ、戦前の教育も受けておられたんだなあと思いました」
と述べているのを読んだことがあります。
*草冠は旧字体(正字)では中央部を離して、四画で書きます。

茂の正字
ワープロでも「正楷書体」フォントを選択しますと、こうなります。

長嶋さんは1936年生まれですから、当用漢字の定められた十歳まではそれまでの旧字体で教育を受けたんですね。もちろん十歳で「茂」は習わないでしょうけれども、草冠は習いますから、それが残っているのでしょう。

当用漢字とは現行の常用漢字の前身であります。
漢字がいったいどれくらいあるのか。中国の康熙字典(こうきじてん)<という辞典によれば、47000字以上にのぼるそうです。

こうきじてん〔カウキジテン〕【康熙字典】
中国清代の字書。12集42巻。康熙帝の勅命により、張玉書・陳廷敬らが編纂(へんさん)。1716年刊。「説文」「玉篇」「字彙」「正字通」など歴代の字書を集大成したもの。4万7000余の漢字を楷書(かいしょ)の部首画数順に配列し、字音・字義・用例を示し、以後の字書の範となるとともに、漢和辞典における漢字配列の規準となった。
[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]

日本では大修館の『大漢和辞典』が5万字を収録。これが最大でしょう。


普通の漢和辞典で2万字程度。
ともかくたくさんありますから、公文書やビジネスで使う際にある程度制限を設けねばなりません。そこで「常に用いる漢字」という名前の「常用漢字」が制定されました。

じょうよう‐かんじ〔ジヤウヨウ‐〕【常用漢字】
1 (略)
2 昭和56年(1981)内閣告示の「常用漢字表」にあげた1945字の漢字。一般の社会生活で漢字を使用する際の目安として示されている。それまでの「当用漢字表」に新たに95字が追加された。[
大辞泉 提供:JapanKnowledge ]

ところが常用漢字以外の漢字もビジネスでは用いることが多いため、パソコンなどではJIS X 0208「7ビット及び8ビットの2バイト情報交換用符号化漢字集合」、いわゆるJIS漢字コード
第一基準、第二基準、および第三、第四基準があります。第一基準が常用漢字を中心とした2945字、第二基準が3390字。この二つがインターネットやパソコンで表示される「JIS基本漢字」です。2000年にあらたに制定されたJIS X 0213「7ビット及び8ビットの2バイト情報交換用符号化拡張漢字集合」、いわゆる「新拡張JISコード」では4000字あまりを追加、計11,233字となっております。
このJIS基本漢字6000字余りが、ビジネスや家庭で日常使用されている漢字の一つの目安となるのではないでしょうか。

じゃあ、常用漢字の前身、当用漢字とはどんなものかといえば、その名のごとく
「さし当たり用いる漢字」
であります。

日本が戦争に負けたときに、それまでの価値観が崩壊しました。
三浦綾子さんの『道ありき』にもそのさまが書かれていますが、昨日まで善いもの、立派だったものが今日からは教科書で墨で塗りつぶされる、抹殺されるものとなったのです。




敗戦のショックは大きかったらしく
「これからは米でなくパンを食べねばならぬ」
「漢字、仮名の使用をやめ、ローマ字にしよう」
といった極端な意見もお役人や学者さんから出ました。
そこまで否定しなくても、と思うのですが、それまで押さえ込まれていた左翼系の人々が鬱憤を晴らしたのでしょうね。それほどエキセントリックな意見でした。
しかし志賀直哉
「日本語を廃止して世界で一番美しい言葉であるフランス語にしたらどうか」
と提案した事実には驚きました。
さすがにこれらの案は見送られましたが、
「漢字は将来使わない方向で」
として「さし当たり用いる漢字」として当用漢字が1946年11月に定められました。制定当初は、上記のような背景があったため、制限が非常に厳しく、例えば魚屋さんは「魚」に「さかな」という訓読みが当用漢字表で認められなかったため「うおやさん」になったという、笑えない話が残っています。
また当用漢字以外が使われている専門用語も書き換え―例えば抛棄を放棄としたり、言葉を変えるか、かな書きにするようになりました。
また一部の漢字は字体を変えてしまいました。いわゆる「新字体」です。多くの場合は複雑な字を単純にした―例えば體→体―ですが、様々な問題をはらんでいます。
問題点については後日みてゆくとして、戦後の混乱期を経て、漢字規制は徐々に緩やかになり、当用漢字表も拡張してゆきました。もはや漢字を「さしあたって用いる」のではなく、永続的使用となったのですから、当用漢字の名はふさわしくなく、常用漢字となったのです。

ボクは当用漢字から常用漢字への移行期に教育を受けましたから、蛍、灯などは旧字で習いました。そして塾で教えるようになるまで、それを使っていました。長嶋さんの例のごとく、子供のころ覚えたものは体に染み付いちゃっているんですね。


ところで
「漢字仮名をやめてローマ字にせよ」
「米食をやめ、パン食にせよ」
という考え方、これはナショナリズムの裏返しにすぎません。決してグローバルなものではないですね。
このマイナスナショナリズムともいうべきものは日本人の特色なのでしょうか。
漢字表記をやめ、ハングルにしたお隣の韓国は、真逆をいっているようです。これはナショナリズムの発露であり、韓国の方はハングルに誇りをもっているんですけれど、
「漢字仮名をやめローマ字にせよ」
とした戦後直後の考えと、表層が実に似ているではありませんか。
根本は正反対なのに表層が似通っている、興味深いことだと思いませんか?




posted by タレイラン at 21:48| 🌁| Comment(4) | TrackBack(2) | 好き嫌い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
両極に走りそうになるけど、結果的になんとな〜く中庸・曖昧で行ってしまう日本に愛着を感じている今日この頃のオレであります。

ええと・・・朝鮮半島の人たちは・・・

・・・引続きタレーランさんの分析に期待します(笑)
Posted by スカイアイ at 2007年03月11日 15:39
スカイアイさま
確かに、一部または一時的にエキセントリックですけれど、結果敵になあなあになっちゃうところが、いいですね。
当用漢字もさしあたり使うつもりだったのがすっかり定着しちゃって。
漢字を全廃していたらどうなったか。。。そのモデルケースにも恵まれて、日本は幸せだと思うボクです。
Posted by タレーラン at 2007年03月13日 04:38
今韓国は空前の漢字ブームですよ。漢検を受ける小学生が沢山いるようで、中国留学にまで発展しています。
全廃の中でも、新聞などは漢字を織り交ぜて表記されてましたし、極端なものには必ずゆり戻しってあるものですね。
Posted by miyo at 2007年03月17日 23:09
miyoさま♪
それは嬉しいニュースです。やっぱり同じ漢字文化園として、兄弟国として。幕末に勝海舟が唱えた日中韓の三国同盟。
清は日本のお師匠様、朝鮮は兄弟だ
という言葉が、忘れられません
Posted by タレーラン at 2007年03月21日 08:36
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